人の気持ちがうれしい今日この頃

あの人は気くばりが出来るパーソンだとはよく聞く話です。
ただし、気くばりは、彼女のことを意識して気を遣って要ることです。
そこに損得がなくても、意識があるのは確かだ。
本当はどこかで気くばりすることで個々人を守ったり、個々人を評価してもらおうというメンタルが無意識の中にあるかもしれないです。
一方で、心遣いがあります。
心遣いは、これこそ損得がないですし、やってる己も面白く嬉しそうにやっています。
純粋に彼女の心に入って、もてなすことが出来る心遣いは、それをやった己も意識してないです。
それが心遣いだ。
心遣いが出来るようになるには、念頭で考えていてはまずまずなれないだ。
なので、近頃、意識しているのが徳を積み込むことです。
徳は、誰からも指示されてないし、誰からも求められてない、誰にもバレることもない、何者からの世評も望んでいない、アクションだ。
たとえば、道端にクズが落ちていたといった決める。
我家予行でなくても、クズを拾って片づけます。
後になって、クズ拾いをしてるんだといった誰かに唱えると徳にはならないだ。
黙って、黙々と積み込むのが徳だ。
これがトップ心遣いの望めるそれぞれに近付けるテクニックかなと考えています。リリィジュで薄毛とさよなら

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